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木花之佐久夜昆賣命(このはさきくやひめのみこと)

平安後期の源平の戦いを見届けた!木花之佐久夜昆賣命(このはさきくやひめのみこと)

木花之佐久夜昆賣命

飯森浅間神社

飯森浅間神社の略記です。

略記

略記の内容

飯森浅間神社  略記

御祭神・木花之佐久夜昆賣命(このはさきくやひめのみこと)

 当神社は『治承4年(西暦1180年・平安時代後期)源平両軍対陣の際、源軍は
当神社に食糧を置き、兵士此れを守備せしより『飯守明神』と称した』と伝えられ
現存する文書・記録が乏しく、創建の年代・現社名改称の経緯・その他信仰の変遷等を伺い

知ることはできないが、かなりの古社である。

本殿に奉鎮されている当神社奉遷宮の棟札によれば『浅間社・神明社・宝前鎮座
嘉永三戌年(西暦1850年)五月吉祥日・宇東川町内安全祈祷・地頭水野出羽守り』
とあるが、この当時御造営された本殿の老朽著しく、明治41年本殿・昭和5年拝殿を
御造営し現在に至る。

昭和8年2月18日村社に列せられ、明治40年神鎮幣帛料供進神社に指定されるなど
原田村の鎮守として広く信仰をあつめている。

相殿神(御祭神以外に本殿内に祀られている神)三座

天照大御神(神明宮)

嘉永3年(西暦1850年)の棟札に浅間宮と列して記載されていることから、古くより
浅間宮と共に奉祀されている。日本の大氏神である。

菅原道眞公(天満宮)

本殿には菅原道眞公の御神像が安鎮されているが、当神社嘉永嘉水年間の御造営に際し
浅間宮・神明宮とは別して棟札が納められていることから、明治41年(西暦1908年)の
御造営にあたり合祀されたものと思われる。

 しかし、その経緯は定かではない。

大山津見神(山神社)

 宇東川会館建設のため昭和28年合祀される。

旧鎮座地は、飯森浅間神社東側(約100来)の所であった。

平成8年10月吉日

宇東川1丁目3班当番組一同

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